京都の冬。それまで日が射していたのに、急に時雨れることがよくあります。そんなとき、北を望むと、雪化粧をした北山が雪雲に煙っています。しかし南の空を見ると、伏見の方は晴れているのです。関東と違って、京都は高い山を背負っていません。そのため、冬の日本海からの湿った季節風が、山に遮られずに流れ込んできます。京都は、太平洋側の明るさと、日本海側の陰翳を持ち合わせた都なのです。
高校時代の夢だった、京都での生活。バス通りから一歩入ると、季節と美がさりげなく溶け込む暮らしがありました。親の出身が北陸で、西のアクセントを聞いて育ったので、関西の仲間とほとんど同じ言葉をしゃべっていました。
部活は、男声合唱。イタリア、ドイツの歌曲も習っていました。妙心寺の門前を通って、双ヶ岡の麓にある声楽家のお宅に、月に3回通いました。日本と西洋が混じり合った学生時代でした。
京都の春。先日お亡くなりになった瀬戸内寂聴さんは、嵯峨野の春をこう描写しています。
<しだれ桜、山桜、二尊院桜、鬱金桜と咲き続き、源平桜が咲くころは、白牡丹の蕾が、みるみるふくらみはじめる。馬酔木の花は石仏の顔をそっとなでている。ふいに鶯が紫木蓮の枝で鳴きはじめる。山吹はあくまで明るく、樒の花はひっそりと咲く。
花浄土の寂庵を取り巻く山々は、小倉山も、曼陀羅山も笑みこぼれている。
人の世があまりにむごたらしく、人の心が限りなくすさんでいるのに、自然はどうしてこのようにうららかに整然と、季節の秩序を守り続けていられるのだろうか。
自然の美しさは、心に愁いや痛みを抱えているほど、いやましてしみじみ目にも心にも映ってくるのかもしれない。>〔『切に生きる』〕
京都の秋。夕方、一番南の校舎の6階の非常階段から西を眺めます。すると、小倉山、嵐山の背後から、夕陽がこちらに幾条も差し込んでいます。薄闇のなかで、西の空と盆地の西端だけが輝いています。「浄土」というのは、こういうものかな。そんな風に思わされた瞬間でした。
大学は、京都盆地の西北にありました。裏手は、里山でした。そこに、龍安寺がありました。時空を超越した哲学的空間として知られる、石庭のある寺院です。
しかし、わたしにとって思い出深いのは、石庭ではありません。その手前の鏡容池(きょうようち)庭園です。朝早くから門が開いて、池の周りを自由に歩けるのです。
紅葉の時期は、毎朝のように歩いていました。凛とした空気。水面の静けさ。東には、借景である衣笠山の穏やかな姿。
池はそれほど大きくありません。しかし、樹木を縫うようにして歩いていくときの、池と里山の眺めの変化の見事さ。自然とさまざまに出会い、包まれ、その中に心身を開きつつ、一人逍遥することのできる庭。龍安寺が建立される前は、山荘だったいうのもうなずけます。
昨年の11月下旬の朝、本当に久しぶりに龍安寺を訪れました。阪急の西院の駅を出てバス停へ歩き始めたとたんに、頭の中が関西弁になったのには驚きました。
下宿のあった場所から龍安寺への道。ほとんど変わっていませんでした。変わったのは、庭園の紅葉から受けた印象でした。こんなに細やかだったのか。学生時代の記憶より、なぜか自然は一段も二段も鮮やかでした。





