人気ブログランキング | 話題のタグを見る

南国の恐怖のテスト 〔海外での思い出:シンガポール〕

30代にさしかかる頃、夫の転勤のため常夏の国シンガポールで暮らすことになりました。治安がよくて人気のある駐在先ですが、夫は仕事で不在がち。暇を持て余した私は、地元の大学で一から中国語を学ぶことにしました。日本でいうと、大学の日本語センターで「あいうえお」から学ぶ研究生のようなものです。
 このセンターで忘れられないのは、「恐怖の暗唱テスト」です。1課終了するごとに1人ずつ前に出て本文を暗唱するのですが、最初は1段落程度の本文も、学習が進むにつれ1ページを超えるようになります。内容を覚えるだけでも大変なのに、単語や四声を少しでも間違えようものなら厳しく叱責され、容赦ない非難の言葉が機関銃のように浴びせられました。さすが社会主義国、教室はまるで「公開処刑場」の雰囲気です。こんな怖い目に遭うなら大学なんか行かないで椰子の木の揺れるアパートのプールサイドで優雅に過ごすべきだったと何度も思ったものです。
 ところが、この威圧的なテストの存在は、中国語の基礎習得に大きな効果を上げてくれました。暗唱のために何度も練習するうち、場面と文法の関係や中国語的旋律等が自然と体に刻みこまれていったのです。体が覚えれば応用も楽です。1年過ぎる頃には、母語話者と日常会話を楽しめるまでになっていました。中高の英語学習では考えられない進歩です。
 地元の中国系の人々は、日本人の私が中国語を話すことをとても喜んでくれました。第二次世界大戦のため日本人に対して嫌悪感を抱く年配の人でさえも、中国語を話すと表情が一変し、「我々は兄弟だ!」と握手を求められました。シンガポールを離れた後も、台湾のバス停、プノンペンの街角、トルコの食堂、NYからの機内等、様々なところで中華系の人々と言葉を交わし、どの出会いも暖かい思い出を残してくれました。南国の「恐怖の暗唱テスト」は、その後の私の人生を豊かにしてくれたのでした。(中田)


by hinokigaigo | 2021-08-04 10:42 | ひのきの講師