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Zに誕生日がやってくる 〔海外での思い出:ポーランド〕

ポーランドの地方都市にある大学にて。「日本語教室」初回の授業は定員オーバーとなったため、座れなかった学生たちが教室の後ろの壁ぞいに立って、私の自己紹介を聴いていた。そのうちの一人は、黒いゴシックロリータの装いで煙草を吸っていた。
 この寡黙な女子学生Zは「教室」の良き存在となるであろう。そう直感した私は、2回目の授業で、Zにクラスメートの教科書を配付させたり、次回の内容を欠席者に連絡してもらったりした。
 3回目の授業の後、Zは退廃的なメイクの奥の瞳を輝かせ、先生相談があるんですが、とやって来た(※会話は授業もその前後も英語による)。可愛らしい声で、Zが相談した内容は以下の通り。
 
 (1)新しいタトゥーを入れたい、デザインは大体決めてある
 (2)文字で“引きこもり”と入れたいのだが、ひらがなか、カタカナか、どちらのほうが良いと思うか
 
 私は(1)Zの身体の外から見える何か所かには、すでにいくつかのタトゥーがあり、タトゥーそのものの是非を話すのはナンセンスだと考えたので、(2)ところで、“引きこもり”という言葉の意味は知っているか、と尋ねた。
 Zは、それが日本の社会問題であることは理解しているけれど、自分にとってそれは大切な言葉なのだ、と答える。私は(2)カタカナ、と答えた。
 数か月後、何名かの学生と共に、街を散策しているとき、Zは脇腹にある“新しいの”を見せてくれた。私は、Zの感性に賭けていたとはいえ、龍や桜吹雪が現れるのを懼れてもいただけに、正直なところ、安堵した。
 あれから10年の間、Zは祖国の風土に飽き足らず、ヨーロッパを転々とした。今はスコットランドのグラスゴー近郊に落ち着いて、元気な様子。
 8月に入った。この夏も、Zの誕生日が普通にやってくる。“普通”は奇跡だ。(篠原)


by hinokigaigo | 2021-08-04 10:27 | ひのきの講師