芸術家・岡本太郎(1911~1996)。彼の言葉に出会ったのは、30代になってからでした。以来、影響を受け続けてきた芸術家です。
岡本一平、かの子の長男として生まれ、中学を出るとすぐに上野の美術学校に。しかし半年後には学校をやめ、両親に連れられて渡欧したのです。
岡本の人生はエピソードに事欠きませんが、わたしが一番好きなのは、ルーヴル美術館で対面したセザンヌの絵に、光のように射抜かれて立ち尽くした出来事です。雨に煙るパリの街を呆然として歩き、涙を流しながら下宿に帰っていきました。
しかし、西洋への傾倒で終わる画家ではありませんでした。20世紀のまぎれもない巨匠、パブロ・ピカソに対峙して、負けないで、徒手空拳で乗り越えて行こうとしたのです。世界芸術の最前衛としての日本美術の創造こそが、生涯の念願でした。
『明日の神話』は岡本の代表作。縦5.5メートル、横30メートルの巨大壁画です。あの『太陽の塔』と同時期の、1968年から1969年にかけて制作されました。モチーフは、第五福竜丸が被爆した際の水爆の炸裂の瞬間です。2008年10月、渋谷マークシティの京王井の頭線渋谷駅とJR渋谷駅を結ぶ連絡通路に恒久設置されました。
この作品は、20世紀を象徴する絵画とされるピカソの壁画を想起させます。スペイン内戦中に、ゲルニカの町がドイツ空軍によって受けた都市無差別爆撃を主題とした、『ゲルニカ』です。岡本は、近代美術史の輝く一頂点であると評価しています。
しかし、その一方で岡本は、『ゲルニカ』には世紀末的絶望が認められると主張しました。ファッショ的暴力に対する小市民インテリゲンツィアの無力感を見逃しませんでした。
対する、『明日の神話』。岡本敏子は、原爆図のように、ただ惨めな被害者の絵ではないとしたうえで、次のように書いています。
<燃えあがる骸骨の、何という美しさ、高貴さ。巨大画面を圧してひろがる炎の舞の、優美とさえ言いたくなる鮮烈な赤。(中略)外に向かって激しく放射する構図。強烈な原色。画面全体が哄笑している。悲劇に負けていない。あの凶々しい破壊の力が炸裂した瞬間に、それと拮抗する激しさ、力強さで人間の誇り、純粋な憤りが燃えあがる。>〔明日の神話再生プロジェクトオフィシャルページ〕
壁画は今、大都会の雑踏を見据えています。窓の外には、渋谷の街。スクランブル交差点を、今日も夥しい人々が行き交っています。
しかし、この壁画の前を通り過ぎるときは、どうか。何か言葉にしにくいエネルギーを体の側面に受けないでしょうか。複雑に錯綜する現代生活からしばし離脱し、人間の原点に立ち帰り、生命をつかみ直す場所がここにあります。(織田)



