大学院進学クラスの読書感想文を読んで⑤

あなたの魂が輝く瞬間は、どんなときですか? ――今回は学生たちに、そのような問いが投げかけられました。課題文は、野崎武夫編『仕事や人生や未来について考えるときにアーティストが語ること あなたはなぜつくるのですか?』(フィルムアート社、2013年)にある、建築家・遠藤幹子氏の文です。

<両親は私にとって素晴らしい教育者でした。父からは文学を、母からは音楽を習いました。魂が輝く瞬間の素晴らしさを教えてくれました。このふたつの世界にいるだけで、私は永遠の幸せを感じます。>

 

“魂が輝く”と言われると、私などには、ある日突然、神様が降りてくるように――例えば、作家や音楽家であれば、創作のアイデアが直感的に得られるように――まばゆい光が自分の周りを包み込むイメージが、何よりも先に浮かんでしまうのですが、“魂”も、“輝き”も、そのイメージは学生によって様々あるようです。

まず、私の持つ先行イメージに近いのは、学生C、学生H、学生Rでした。「私の魂が輝く瞬間は、自分の目標を見つけたところです」(C)、「ダンサーとして舞台に立った時、観衆から拍手を送られた時、その拍手は美しい音楽のようでした」(H)、「他人に認められた時、自分の存在価値を認められた気がした。将来は社会貢献できる人になりたい」(R)。

一方、対照的に、変わらない、思い出としての出来事に価値を認める学生もいました。学生Iは、「両親は私に幸せな家庭をくれた」、学生Sは、「両親と絵本を読んだこと(が輝いた思い出だった)」と書いています。また、Sは、その経験から「児童心理学の知識に基づいて絵本の創作をしたい」と将来の目標につなげているところが頼もしいと感じます。

さらに、学生Tに至っては、そもそも、“魂が輝く”という表現そのものに対してクールな姿勢を示しています(私はここに案外共感します)。「大部分の人は、魂という概念をいつも考えているわけではない。どんなにつまらないことも楽しいことも普通の人生の一部になるのだから、魂が輝くかどうかはともかく、幸せを感じる能力があればいい」と。

幸せを感じること。学生は、レトリックに幻惑されることなく―時に幻惑される私とは違って、自分なりの答えを形にしていて、その結果、“魂が輝く”ことが、何か特別にまぶしい電飾のようではなく、彼らの日常を表現できていると思います。

 

遠藤氏は、続けます。

<建築は未来のヴィジョンを描くことからはじまり、(中略)本来もっている理想を失わないように、気候や風土、お金や法律、さまざまなことを想定しながら、関わる専門家たちと作業をとりまとめます。それは遠くの光を目指して航海する、長い旅のような行為です。>

 

イルミネーションの季節になり、街を歩く時でも、その光が弱いか眩しいかにかかわらず、街の彩りを見て寂しくなった時もあれば、一人でも明るい気持ちで眺めて新しい勇気がわいたこともあります。“魂が輝く”とは、心の持ちよう次第であり、強い心であるときは大抵、何か遠くに目的の光があって、それを目指して旅する途上であるのだなとあらためて思うのです。

そして明日もいつもと変わらず、朝の太陽が昇って、私は教師として走ることでしょう。(篠原)
  


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by hinokigaigo | 2018-12-06 08:25 | ひのきの作文授業